大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)3935号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕第三、損害
一、受傷(傷害の内容、治療および期間、後遺症)
<証拠>に弁論の全趣旨を総合すれば左の受傷の事実が認められる。
(一) 傷害の内容
原告は本件事故のために頸椎症候群、頸椎傷兼頸随不全損傷、自律神経失調症、起立性低血圧症の傷害を受けた。
(二) 治療および期間
原告は右傷害のために、左のとおり入・通院して治療を受けた。
(1) 入院治療
(イ) 昭和四二年九月六日から同月一六日まで(一一日間)坂本病院にて、
(ロ) 同年九月一六日から同月一八日まで(三日間)市立池田病院にて、
(ハ) 同月一八日から同年一一月二一日まで(六五日間)関西労災病院にて、
(ニ) 同四三年二月一三日から同年六月八日まで(一一七日間)近藤病院にて、
(2) 通院治療
(イ) 昭和四二年一一月二二日から同年一月一二日まで、関西労災病院にて、
(ロ) 同四三年一月一三日から同年二月五日まで、および同年六月九日から同年八月八日まで、近藤病院にて、
(三) 後遺症
原告は本件事故のために第三、第四頸椎間において、椎間腔の狭少化と椎体の排列異常があり、胸椎に軽度側彎変形、および両膝蓋腱反射亢進、および両上肢に神経痛様疼痛、冷覚、知覚の鈍麻および筋力低下が後遺し、運動障害の後遺症を残し昭和四三年八月ごろ固定した。
以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
二、逸失利益
(一) 職業および収入
<証拠>を総合すると、原告は本件事故当時、田中木材および田中産業の各代表取締役社長であり、田中木材における職務内容は仕入、見積、資金面等の経営一切と従業員(約一〇名)の指揮、監督を、田中産業においては実質上の経営は他の者が行い、経営に対する相談を主内容としていたものであり、事故前年度中に田中木材より給与として一ケ月につき一八〇、〇〇〇円、役員賞与として年間三〇〇、〇〇〇円(年二回払)、および田中産業より給与として一ケ月につき五〇、〇〇〇円、役員賞与として年間二〇〇、〇〇〇円(年二回払)、合計年額三、二六〇、〇〇〇円の収入を得ていたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(二) 逸失利益額
金五、〇三五、七二八円
<証拠>を総合すれば、原告は事故当時五〇才(大正五年九月二〇日生れ)の普通健康体の男子であつたこと。事故後は田中木材の経営については、前記傷害および後遺症のために、入通院して治療を受けていたので事実上、原告の指揮のもとに今井昭男、和田カネジ、原告の長男田中敏昭、藤林信子らが行つていたこと、田中産業の経営については、原告は事故以前より代表取締役社長とはいえ、それは名目的なものであつたから、事故後も殆んど変更および影響が少なかつたこと。原告に対する事故後の給与等の支給関係は田中木材については昭和四二年九月(事故当月)より同年一二月までの四ケ月間は全く支給されておらず、同四三年一月より同年一一月までの間は毎月各一〇〇、〇〇〇円宛、同年一二月より同四四年一一月までの間は毎月一三〇、〇〇〇円宛、同年一二月以降は毎月各一〇〇、〇〇〇円宛、各支給され、その余は支給されていないこと。田中産業については昭和四二年九月から同年一二月までの四ケ月間は全く支給されておらず、同四三年一月から同四五年八月までの間は全額支給されたが、同年九月以降は全く支給されていないこと。
両会社の右給与等の減額決定は、経理担当の藤林信子と原告とが相談のうえ、他の株主や債権者等の関係を考慮して決定していたこと、が認められ<証拠判断略>。
右事実に前記受傷の事実を総合すると、原告は事故当日より昭和四二年一二月までの四ケ月間は全く就労することができず、また前記のとおり右期間中両会社より給与および役員賞与の支給を全く受けていなかつたので、その期間は、前記給与相当額九二〇、〇〇〇円および役員賞与年額の三分の一の額(四ケ月分)一六六、六六七円の合計額である金一、〇八六、六六七円の得べかりし利益を喪失したものと認められ、その後、後遺症が固定したものと認められる昭和四三年八月ごろまでの八ケ月間は原告の前記職務内容からして肉体労働者と異り、従業員より相談を受け、それを指揮するという方法で相当程度就労することが可能であつたものと推認することができるので、原告のその間における労働能力の喪失割合は五〇%相当であつたと考えられるところ、前記のとおり田中木材より、その期間に支給された給与支給額が毎月一〇〇、〇〇〇円であつたから、その間の原告の減収額は給与減額合計六四〇、〇〇〇円および両会社からの役員賞与年額の三分二の額三三三、三三三円の合計額である金九七三、三三三円であるので、その範囲内において金九七三、三三三円の得べかりし利益を喪失したものと認められ、また右後遺症固定後五年間は前記後遺症のために労働能力を二〇%喪失するものと認められる(その間の原告の減収額は前記認定のとおりであり右事実および弁論の全趣旨によれば、口頭弁論終決後も同様減収が継続するものと推認され、その減収額は二〇%の労働能力喪失割合による逸失利益額より大であることが推認されうる)のでその間の得べかりし利益を年毎ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して遅延損害金の起算日である昭和四四年八月二三日における現価を求めると金二、九七五、七二八円となるから、結局、原告の本件事故による逸失利益は合計五、〇三五、七二八円となる。
(本井巽 斎藤光世 中辻孝夫)